箱根駅伝の歴史と由来!出場資格や見どころは?

もうすっかりお正月の風物詩となった箱根駅伝。

「箱根駅伝を一度も見たことがない」という人はいないぐらい日本の国民的行事になっている箱根駅伝。

しかし、どんな大会なんでしょう?それに何故だか、地方に住んでいる人から見たら「私たちの地元の大学」って出場してないですよね?

そんな独特の大会、「箱根駅伝」の歴史と由来をちょっと知っておきませんか?

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箱根駅伝とはどんな大会?

箱根駅伝はいわゆる学生の駅伝大会です。社会人は出られません。

お正月の2日の朝(初日、いわゆる往路)、

  • 東京大手前の読売新聞社本社前をスタートし、箱根の芦ノ湖までを5つの区間に分け、5人の選手で走破
  • 距離107.5㎞、つまり一人約20㎞の距離を走る

明くる1月3日(復路)は、

  • 芦ノ湖から東京・大手前まで、同じく5区に分けて5人の選手
  • 走るコースが少し変わるので、全長109.6㎞

2日間で東京と箱根を10人で往復するレースで、それぞれ特徴のある10のコース(区間)を、各大学は戦略を練りながら選手をエントリーして、勝負の駆け引きに挑みます。

「花の2区」とか「松の9区」などの言葉は有名ですよね?

また箱根を登りきる5区では「山の神」とか「竜神」とかの異名を取った有名選手もいました。

箱根駅伝の歴史や由来

箱根駅伝の歴史は古く、その開始年は1919年と言われています。ですので、もうすぐ創設100年を迎える、日本でも非常に歴史のある大会の一つです。

箱根駅伝が創設されたのには2つの説があります。

説1:アメリカ大陸横断駅伝の企画で

一つはマラソンの父としてその尊敬を一身に集めた「金栗四三(かなぐり しそう)」氏が、当時の日本の長距離走選手の育成を目的として、「アメリカ大陸横断駅伝」を企画。

その予選会としてこの箱根駅伝を創設したとされます。アメリカ大陸横断のときに必ず難所となるであろう「ロッキー山脈」を想定して、「箱根」を選んだというものです。

説2:観光客を呼ぶためのイベントとして

もう一つの説は、当時の箱根は寒さや雪のためにこの季節は観光客が落ち込みます。その対処策としてこの「箱根駅伝」というイベントを企画して、このイベントを目当てとした宿泊客を呼び込んだという説です。

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箱根駅伝の出場資格とは?

箱根駅伝を見ていて、最初は少し「?」と思いませんでしたか?例えば有名な関西の大学の名前が出てきませんし、中京地区や東北、北海道や九州の大学の名前も出てきませんよね?

それもそのはずで、この箱根駅伝は正式には「東京箱根間往復大学駅伝競走」という名称なのですが、この大会を主催しているのは「関東学生陸上競技連盟」なんです。

つまりこの連盟に所属している大学しかその出場を認められていません。

箱根駅伝に出場できるのは次の条件をクリアした大学になります。

  • シード校(10校) 前回大会で総合順位が10位以内
  • 予選会通過校(10校) 予選会での成績上位10校
  • 関東学生連合チーム(1校)
  • 関東インカレ成績枠(5年ごとの大会のみ)

箱根駅伝の見どころは?

歴史のある箱根駅伝。お正月の晴れ舞台で走ることを夢見て一年間、来る日も来る日も走ってきた学生たちの表情は、苦しい中にも充実した誇らしげな顔が並びます。

彼らはこの二日間のために残りの363日を過ごしてきたと言っても過言ではありません。

この箱根駅伝は棄権者が出ることも珍しくありませんし、先頭から10分を超えて遅れると「無念の繰り上げスタート」となる、過酷なレースです。

たとえば、

  • 10種類の区間をどういう選手で配置するか?
  • エースをどの区で投入して、苦手な区間をどうしのぐか?
  • そして約11時間に亘る2日間の戦いをどう制するか?

など、箱根駅伝では自分たちの実力では計れない、いろいろな相手大学との駆け引きがあります

そして実力だけでは決して順位が決まることもない、「何か」もこの217㎞に横たわる要素となります。

若い大学生がそんな途方もない大きなものに向かって走りぬく・・・。その姿を見ると「一年の始まり」をとても清々しい気持ちで迎えられますね。

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